八幡浜港は、愛媛県の西端佐田岬半島の基部にあって、南予地方における主要都市八幡浜市に位置し、西は豊予海峡を隔てて大分県に対しており、九州と連絡する四国西部の海上交通の要衝的性格の港湾である。また、四国有数の好漁場と水産魚市場を有し、トロール漁業の基地であるとともに品質日本一のみかん産地をひかえるなど、農水産物の集散港として重要な役割をはたしている。

 八幡浜の地名は旧記に「八幡大神立たせけるにより、八幡浜と名づく」とあり、養老年間(717〜723)からその名が伝えられ、明治22年(1889)八幡浜町が誕生するまでは八幡浜浦と称されていた。
 現在の八幡神社から大法寺に至る愛宕山の山裾を巡る小さな海岸の町であったが、中心部を流れる千丈川によるデルタ地帯を土台として、すでに天正年間(1573〜1592)には埋立工事が行われたと伝えられており、以後たび重なる埋立てによって、今日の市街地を形成していった。明治5年(1872)には八幡浜商会が設立され、土地の造成を始めるとともに戎堂沖の海面を埋立てて新港を築造し船着場を形作った。明治10年(1877)には外輪船による八幡浜・大阪間の運輸業が始められ、以来、商工業都市として南予地方における最大の商港に発展した。

 昭和27年に八幡浜市が港湾管理者となり、昭和35年には重要港湾に指定されたことで、四国及び九州経済圏を結ぶ輸送基地として港勢は著しく伸展した。昭和46年、国道197号線夜昼トンネル開通に合わせて、フェリー用のターミナル・桟橋・可動橋・駐車場を拡張して竣工、港湾取扱貨物量の増加とともに入港船舶も大型化した。

 昭和53年から昭和60年にかけては港湾再開発プロジェクトを最優先施策とした市制始まって以来の大規模な港湾再開発事業(内港地区約58,000m2、沖新田地区(出島)約21,000m2、栗野浦地区約36,000m2を埋立て)を実施、大型岸壁、ふ頭用地、緑地、都市再開発用地等を整備し重要港湾としての機能が充実した。
 現在、八幡浜港の港湾取扱貨物量は年間約940万トン、農水産品から特殊品まで多品目にわたっているが、本港の特性であるフェリーボートの貨物取扱量の伸びが著しく、昭和3 9 年に臼杵港間1日2.5便で就航したフェリーボートも平成13年には1日20便(臼杵間14便、別府間6便)と漸増し、年間約29万台の乗降車両と約47万人の乗降客の利用がある。

 一方、八幡浜港内にある水産魚市場は、年間約14,700トン、約68億円の魚が水揚げされる漁業拠点であり、全国規模の生鮮魚介供給基地となっている。

 平成12年4月、八幡浜港は重要港湾から地方港湾に港格変更されたが、同年5月に産業分野で地域の振興と活性化を図る港湾として「特定地域振興重要港湾」の指定を受け、四国縦貫・横断自動車道の延伸、地域高規格道路の整備を背景に港の重要性が一層高まるなか、平成13年度に「みなとまち八幡浜」の再生を基本理念とした第4次八幡浜市総合計画が承認され、その戦略プロジェクトとして設定された「海の幸文化プロジェクト」等に基づき「八幡浜港(港湾・漁港)振興ビジョン」を策定した。
 今後、内港の埋立てによる土地造成を進め、衛生管理に優れたHACCP対応型魚市場等の水産関連施設、観光魚市場及び大型駐車場、フェリーターミナル施設、公共ふ頭施設、ボートパーク施設等の早期実現が望まれている

 
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